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| 明治、大正、昭和と三つの時代が溶け合う空間に、 日々、生きた時間が流れて |
| 新潟の花街、喧騒の車道を一歩入った小路沿いに、鍋茶屋はある。小路は鍋茶屋通りとよばれて親しまれているのも当然、創業は江戸末期の1846年。始まりはスッポン鍋を供する料理屋で、ここから鍋茶屋の名がついたという。明治43年の大火で木造二階建てが建てかえられ、昭和の初めに三階建てを増築し、現在に至る。大正の芽吹きを感じさせるロマンの風情、明治の職人の実直な仕事ぶり、そこに昭和のモダンが加わった空間は、隅々にまで意匠が凝らされ、部屋に入ればしばし、時を忘れるであろう。 「それぞれのお部屋がご自分たちの空間であるようにくつろいでいただければ」。女将さんは言う。料理も、軸も、花も眺めも、すべからくくつろぎのための一役。小路から一歩入ったとき、玄関に足を踏み入れたときに始まるゆるやかな時間は、まさに料亭の時間である。 |
| のどぐろの味噌漬 冬にはこれを目的に訪れる客も多いという名物料理。鍋茶屋では、脂がしっかりとのってうまみもある1kg以上ののどぐろしか使わない。その脂ゆえ、甘味を加えるとしつこくなるので甘味はいっさい加えず、辛めの味噌で漬ける。 | ![]() |
| 鮭のへぎみ 雌では珍しい6kg以上という巨大な鮭のみを使う。腹の子はととまめに、はらせは焼いて出し、それ以外の脂のない部分を塩漬けして二ヶ月以上寒干しにしたのがこのへぎみ。手作りで量も限られているので、コースには加えられていない。小さく切って前菜とするほか常連客の酒のつまみやお茶漬けとして供される、隠れた一品。 | ![]() |
| 鍋茶屋で供される料理は「そのときどきに地元でとれたいちばんいい素材を生かす」会席料理。「いちばん」という言葉は誇張ではない。その昔、朝になると、魚屋が市場から直接トラックでやってきては、裏口のある東堀通りにずらりと仕入れを並べた。当時の料理長はそれを見ていちばんを買った。今でこそ登坂料理長が仕入れに出向くが、受け継がれてきた目は変わらない。冬の名物料理であるのどぐろの味噌漬には脂ののった1kg以上、鮭のへぎみには雌では珍しい6kg以上とこだわりを貫く。 調理するときは「とことん食材を生かす」のが流儀。無駄にいじりまわさず、持ち味を引き立てるために手間ひまをかける。たとえば出汁をとるかつお節は毎日、手で削り、昆布やわさびも選び抜く。鍋茶屋では見習い一年生はかつお節削りと炭おこしで終わる。いちばんを生かすとは、そういうことなのだ。 |
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